餃子の王将で1000円も食べたら満腹でもう動けない。
そんな時代はすでに遠い過去のようだ。
コロナ禍が過ぎ去った世界でインフレが猛威を振るう。
各国が競って行った強烈な金融緩和(ドーピング)と過度な財政出動(バラマキ)の反動だろう。
長らくデフレ退治が課題だった日本でも、ついにインフレ対策へと政策転換が起こっている。
日銀による金利の引き上げ、最低賃金の引上げ、備蓄米の大量放出etc...
預金に金利が付くのはうれしいけれど住宅ローンの返済額が増えるのは大変。
売り上げも伸びてないのに人件費が膨らむ中小企業。
一時的に価格が下がっても、農業後継者の不足や天候不順、減反政策を続けてきたツケは今後もジワリと価格を押し上げる。
何事にも対策には「効果」と「副作用」がある。
その塩梅が悩ましく、バランス芸的な技術が試される。
現実社会(三次元)での評価にはこの先、数年のときが必要だろう。
二次元世界に見るインフレ
二次元、特に少年マンガの世界では過去数多くのインフレが観測されてきた。
中にはインフレ対策を誤って人気のバブルを崩壊させた事例にも事欠かない。
三次元でも活かせることがあるかもしれない。
らっきいが思いつくものをいくつか見ていこう。
超人強度
「キン肉マン」の世界において、超人の能力を示す指標、それが超人強度だ。
キン肉マンの95万パワーに対してウォーズマンの100万パワー。
両者に存在する埋めがたい5%の差をめぐる攻防は、当時の少年たちの心を躍らせた。
ところが、まもなく現れた悪魔超人バッファローマンはなんと1000万パワー!
突然900%のインフレだ。
のちに伝説と化すウォーズマンの対抗策「両手のベアクロー×2倍のジャンプ×3倍の回転=12倍(1200万パワー!?)」でさえロングホーンを1本折るのが精いっぱい。
ところがバッファローマン自身も、実はこのパワーは悪魔との契約で得たいわばドーピング。
キャパを超えた過度なパワーはやがて暴走し自滅へとつながっていく。
のちには完璧超人が数千万、超人の神々に至っては1億パワーを誇るなど、どんどんと桁が上がっていく。
にもかかわらず、なぜか100万パワーを超えない正義超人たちに撃破されていく。
いつしか超人強度という指標の信頼は失われ、読者離れが進んでしまう。
戦闘力
「ドラゴンボール」においてスカウターの出現によりあらわになったキャラクターの戦闘力。
地球人として最初に観測された農夫のそれはわずか5でしかなかった。
亀仙人の139や天津飯の250、魔貫光殺砲を放つピッコロでさえ1,330に過ぎなかったものが、第一形態のフリーザがなんと驚異の53万だと宣言する。
その後セル編、魔人ブウ編と戦闘力のインフレはさらに加速していくことに・・
こうした戦闘力の急激なインフレに悟空はいかに対応したのか。
10倍の重力がある界王星での修行。
一時的に戦闘力を数倍に引き上げる界王拳。
360倍の時間が流れる精神と時の部屋。
地球人の気を集める元気玉。
そんなこんなの、いたちごっこ。
読者の期待や出版社の思惑を含んでいったん加速し始めた戦闘力のインフレは、作者の意図とは無関係に膨らんでいく。
こうなってしまうとコントロールはむずかしい。
緩やかなインフレを継続させる知恵
当時はほかにも「聖闘士星矢」や「魁!男塾」など多くのタイトルで同様の現象が観測されている。
発生してしまった能力のハイパーインフレを抑え込むには、もはや 「火事場のクソ力」や「スーパーサイヤ人1→2→3」「フュージョン」「セブンセンシズ、エイトセンシズ」「江田島平八」といったトンデモ理論を持ち出すほかない。
この頃にはまだ、加速していくキャラクター能力のインフレーションを有効に抑え込む方法が作家や編集部において確立されていなかったのだろう。
キャラクターの急激な成長は人気のバブルを形成するが、過度なインフレは崩壊の危険を招く。
現実社会でも理想とされるのは経済成長をともなった緩やかなインフレ状態。
そんな状態を持続可能にする工夫にはどんなものがあるだろう。
インフレキャラの退場
強くなりすぎたキャラクターを一時的に退場させてしまうというのは、比較的古くから知られている手法だ。
悟空が命を落として天界にいたり、
承太郎が記憶とスタンドのDISKを奪われ仮死状態だったり、
いつからかゴンやキルアの姿は見えないし、
最強呪術師、五条悟も渋谷事変のあと長らく封印されていた。
その間はインフレに取り残され、格差が広がったキャラクターたちにも成長のチャンスが与えられる。
足るを知る
例えば、「スラムダンク」(4か月)や「ダイの大冒険」(3か月)では描く期間を短く限定し、 インフレーションが起こる前に打ち切ってしまうという手法が採られた。
濃縮された期間で起こる奇跡的な成長なら読者をひきつけて離さない。
余韻を残す読後感がその後の人気継続にも寄与しただろう。
際限のない成長の喜びよりも、目標達成で得る喜びにフォーカスした手法ともいえそうだ。
指標を分けて可視化する
強さの指標をより細かく分解し表現することで、際限ないパワー競争を防ぐこともできる。。
バトル漫画界において20世紀最大の発明、ジョジョの「スタンド」がその代表例だ。
単純にパワーや戦闘スキルで競うのではなく、「属性」や「相性」や 「思考力」や「運」や 「戦術」など、勝敗を決する能力を「スタンド」で表現、可視化した。
一つの指標に囚われず多様な視点での能力を組み合わせることで、過度なインフレに陥ることなく長期間にわたって次々と強キャラを出現させることに成功した。
これらはその後、風遁、土遁といった異なる属性のポートフォリオを小隊ごと組み合わせる「ナルト」や、強化系、特質系などに分岐する念能力や念獣が登場する「HUNTER×HUNTER」などに転用され、現在では異能力バトルという確固たるジャンルを確立している。
今や、クールジャパンの筆頭格として世界で最も稼いでいるコンテンツとなった「ポケモン」も、スタンドバトルの影響を受けているのは間違いないだろう。
設定のリセットをいとわない
いざとなれば、設定をリセットしてしまうという力業もある。
こちらもジョジョがよい例だ。
多様な異能力バトルとはいえ、主人公にはやがて成長のピークが訪れるのを、第一部、第二部・・・と区切りをつけていくことでその問題をクリアした。
各部は一見、同様の世界観でありつつも、実際にはその舞台や主人公、目的などは全く別物といってもよいものだ。
根底に流れるコンセプトは維持しながら、そこで展開する物語はまったく別の設定で動いていく。
通奏低音のうえにメロディーを乗せていくバロック音楽のようでもあり、共通のフレーズを繰り返しながらも、楽章ごとにまったく趣が異なる交響曲のようでもある。
目指す港は同じでも、ときには思い切った設定変更をしてみることも、私たちが長く安定した航海を続けることに役だつのかもしれない。


